52 あとずさりする

『姫松』
阿倍野区北畠2丁目

太田南畝(筆名・蜀山人)は幕臣で狂歌を得意とする戯作者でしたが、任地の大坂で詠んだ歌に「住吉の 新田ふえて 年々に あとずさりする 岸の姫松」が残っています。即ち、北畠・姫松界隈の松林が西の低地の方からどんどん開発され上町台地の尾根に向かって松林が消えて行く様を揶揄したのです。1970年代頃まで、西成区南部に姫松通・岸松通・松原通など松林に因んだ地名もありましたが、現在、全て地名変更されています。残るは上町線の停留所名だけです。府立住吉高校の校舎とグランドの間の道路に在る4本の松は往時の松林の残存樹と推測されています。(森本)